updated:03/05/30
ロボカップの意義
東京大学工学部新井研究室の博士課程学生(1999.4〜2002.3)の間, ロボカップの脚型ロボット(AIBOと同型)リーグに参加しました.
- 1999年スウェーデン,ストックホルム大会(博士課程1年目)
- 2000年オーストラリア,メルボルン大会(博士課程2年目)
ここでは,参加を通じて感じたこと,考えたことについてまとめます. これは過去の経験に基づく私見です. 最新の話題については,以下のリンクその他関連サイトをご参照ください.
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背景:勝負を通じた競争 vs. 研究としての魅力
| (ロボット)コンテストに共通していえることだが,ロボカップは 試合をして勝敗がつくという意味で結果とその評価が見えやすく, 他大学や他国の人達と競うことは非常にエキサイティングである. 年に一度の大会に向けて準備に割く時間は非常に長く, 勝負に対する思い入れも強くなる. その一方で,ロボットの行動性能を向上させることに腐心するあまり,ロボカップに参加している本来の意義を見つけられない,あるいは見失ってしまうことも多い.
ロボカップの企画者の方々も,勝敗のみにこだわるのでなく 研究として意義のあるものを積極的に評価することで, ロボカップの健全な発展を促そうと努力されている.こういった運営側の努力が実を結んで研究としてのロボカップの魅力を増すためには, 参加者一人一人が,自分の取り組む課題とロボット工学一般の間にどのような関係があるのかを問い続ける必要があるだろう.研究としての意義は一通りである必要はなく,各人の立場から(研究会などを通じて)発信しあうことが重要であると考える.
以上の背景から,すでに退役している身ではあるが,研究としてのロボカップの魅力に関する個人的見解を述べる.
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人工知能課題:静的から動的課題へ
ロボカップ問題の研究としての魅力は,これまでの人工知能課題が扱ってきたチェスなどの静的問題とは異なる問題を扱っている点にある. 指摘されているのは,
- 実時間性 (最良の解を見つけるために熟考することが許されない)
- 不完全・不正確・不確実情報の処理
- 実世界認識・行動
- 分散協調システム
などである.単純に各別に問題へのアプローチを図るとすると,実時間性ならば「より高速な行動決定アルゴリズム」,不確実情報処理ならば「より誤差に強いフィルタ処理」を研究課題にすべき,ということになる.確かにこのような技術の蓄積は有用で,ロボットの実用化に大いに貢献しうる.
しかし一方で,根本的な枠組みは変えずにこれまでの方法論を「より高度に」発展させようとするだけが可能な研究の方向性ではないだろう.つまり,両者を同時に扱う枠組み,「不確実な状態認識しかできない状況下で,実時間で実行可能な解を見つける問題」という性質を,よりクローズアップしてとらえても良いのではないだろうか.
制御の分野では,観測や不確実さを扱う枠組みとしてカルマンフィルタなどがすでに知られている.このような考え方に加え,
- より多様な確率分布,観測分布を扱える枠組み
- 観測,計画にかかるコストを陽に扱える枠組み
を考えることは,人工知能がこれまで積極的に扱ってこなかった性質を正面からとらえるアプローチとして非常に有意義である.
ロボカップの他のリーグ(中型機,小型機など)は車輪型ロボットを用いるのに対し,脚型ロボットリーグは歩行することと頭部カメラを用いる(全方位カメラが使えない)という特色を持っている.先に述べた各別のアプローチでは,この特色は単に「解決すべき課題がより難しい」ことを意味するに過ぎない.しかし,後者のアプローチにとっては,不確実さが大きくなること,視野が限られるために観測に時間的コストがかかることがアプローチの自身の意義を支えるものになる.
多様性を志向したロボット工学の研究では,しばしば問題設定に特化した認識・行動設計を行うことが「自分で作った特殊な問題を自分で提案した特殊な方法で解いただけ」という批判を招くことがある.ここでの主張も,「視野が狭いという問題設定をわざわざ作って,それに特化した問題を解いた」だけなのだろうか?
「不確かさ」と「観測コスト」
実用的な観点から見ると,脚型ロボットの行動設計において不確かさと観測コストを考慮する意義は 次のようなものであろう.
- センサ,アクチュエータに誤差が大きく,自分の状態(位置)は確率的に
見積もらざるを得ない
- 首を振って多くの画像処理をすることで,確率的な見積もりの「ばらつき」を
小さくすることができる(より自分の状態を「確定」させることができる)
- しかし,やたらと首を振って観測に時間をかけると,行動に遅れがでてしまう.
つまり,状態識別が不十分なまま行動を決定するリスクと,観測に時間をかけて
実時間性を損なう損失との間で,よいバランスを見つける必要がある
平たく言うと,「歩いている間にどのくらいの頻度で首を振ればいいか(あるいはどこに注視すればいいか),をちゃんと考えよう」ということになる. 実用性を志向するならば,大して性能に差はなさそうなので, 試行錯誤して適当に決めればいいではないか,ということになると思う. しかし,ここで言いたいのは,一見この陳腐で重箱の隅をつつくような問題意識が, 研究としてのロボカップの意義の一つなのではないでしょうか, ということである. その理由は,前節で述べたようにロボカップの持つ問題設定の性質をより正面から捉えた考え方であるからということと,人工知能が根本的に抱えるとされてきたフレーム問題に対するアプローチとなりうるのではないかと考えるからである(フレーム問題との関係については大仰な議論になる恐れがあるので別項に譲る).
より一般的には,「観測コスト」にはセンサ情報処理に要する時間も含めることができる.特に画像処理では,認識精度の高い処理を行うためには膨大な処理が必要になることが多い.このような得られる情報量と処理時間との間のトレードオフを考えることも,上記の観測コスト考慮と本質的に等価である.
以上の議論から,以下のような研究の方向性を考え,検討してきた.
- 最適制御問題として,できるだけ自動的な方法で解く
- 「状態の不確実さ」をできるだけ正面から捉える方法を用いる
- 「観測に時間を要する」という側面をクローズアップする
まとめと余談
ロボカップ脚型ロボットリーグに参加する研究としての意義について,不確かさと観測コストを陽に扱う問題設定の重要性を指摘した.現在はロボカップに直接関わる立場にないが,より実用的に価値のある理論的枠組みを提案したいと考えている.これはロボカップに限らず整備されない環境で動くロボットにとって有用な議論であると期待している.
参考文献
- 日本ロボット学会誌 Vol.20, No.1,[特集]ロボカップ
- エージェントアプローチ 人工知能,Stuart Russel,Peter Nortvig著,古川康一監訳,共立出版
- Steven Lavalle:``Robot Motion Planning: A Game--Theoretic Foundation,'' Algorithmica, Vol. 26, pp.430-465, 2000.
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